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日本酒の常識を覆す「極熱燗」の可能性

お正月シーズンを迎え、日本人の間では新年の挨拶がてらお酒を酌み交わす機会が増える。特に寒さが身に堪える日に「熱燗」を愉しむのは冬の風物詩。日本の文化を象徴するものと言っていいだろう。この習慣は訪日外国人にも広く知れ渡っており、「お正月の時期に日本を訪れる機会があれば、ぜひお猪口と徳利で熱燗を体験してみたい」との声を多く聞く。

 ただ、実際に訪れたことのある外国人に話を聞くと「居酒屋に入って周りを見渡すと、多くの日本人はビールやハイボール、ウーロンハイ、レモンサワーを飲んでますよね。たまにボトルを見かけて種類を聞いてみると、焼酎だと言います。日本酒ではないと。寒いお正月の時期だからといって日本人は必ずしも熱燗を飲むというわけではないんですね」と、ちょっと思い描いていたイメージと違っていたと言う。

 たしかに日本酒の国内消費量は年々減っている。国税庁統計によると、1970(昭和50)年の167.5万キロリットルをピークに、2014年には55.7万キロリットルと3分の1にまで落ち込んだ。戦後の日本酒トレンドを概括すると、第一次は1960年代のテレビCMと級別制で煽られた「大手銘柄ブーム」、次いで70年代の“美酒は水に似てたり”と称えられた越乃寒梅に代表される「地酒ブーム」、さらに80年代の淡麗辛口の酒を冷やして飲む「純米酒・吟醸酒ブーム」と10年周期で流行が誕生していた。だが潮目が変わり始めたのが90年代。焼酎やワイン、ウイスキーが台頭し、日本人のお酒全般に対する趣向が多様化し始める。

 また、低品質の日本酒が数多く出回ったせいで「日本酒は不味くて、悪い酔いする」というイメージが浸透してしまったこと、さらに高度成長期の恩恵を受けた層(バブル世代)のお酒の飲み方が高価な洋酒などへと移り変わったことが日本酒低迷の原因とも言われている。たしかに90年代のテレビを振り返ってみると、お笑い番組でよくあった“おでん屋台のシーン”では日本酒に酔ったサラリーマンが嘔吐したり、周囲に迷惑をかけるなどして笑いを誘う場面は多い。一方、トレンディドラマではバーカウンターでウイスキーのロックを傾けながら同僚に悩みごとを相談したり、カクテルを飲みながら男女が語り合ったりするシーンが数多く見受けられるようになる。こうした演出からも当時の時代背景が読み取れるだろう。2000年代以降からはホッピーやハイボール、マッコリ、フローズンビール、モヒートなど多種多様なアルコール飲料が「次なるお酒のトレンド」として次々とマスコミで紹介され、特に低アルコールやライト志向が拡大した。09年にはヒット商品としてノンアルコール飲料のキリン「フリー」がノミネートされるなど新たなジャンルも台頭。若者の酒離れも深刻化し、比較的アルコール度数が高くて匂いも残る日本酒は敬遠され、脇に追いやられてしまっているのが現状だ。
 このように日本酒の国内市場が縮小していく一方、海外では日本酒が“SAKE”として認知され、注目度も高いというニュースは近年よく耳にするだろう。国税庁が発表している「酒類の輸出統計」によると清酒の輸出は酒類全体のシェア約35%を占め、金額・数量ともに平成22年から連続で増加傾向。輸出国はアメリカや香港、韓国をはじめ、中国や台湾、東南アジア、ヨーロッパ、オーストラリアなど幅広く、最近では日本酒を取り扱うオンラインショップも続々と開設されているという。日本酒業界がPRする機会も増えており、世界最大規模の日本酒品評会として名高いIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)のSAKE部門を始め、各国大使館における日本酒セミナーや主要国際空港での日本産酒類キャンペーン、大型商業施設などで開催されるジャパンイベントへの出展など多岐にわたる。世界各国で起きている和食ブームも相まって、海外へ活路を見出そうとしている日本酒業界は、海外のライフスタイルに馴染みのあるワインやシャンパンなどを意識して酸味の効いた酒やスパークリングの銘柄なども積極的に紹介しており、今後もさらに志向を凝らした販売促進を続けていくだろう。
 インバウンドの影響もあって日本酒を嗜むことが見直されていている最中、お正月過ぎのこれから注目度が高まるのが熱燗、正確に言うと熱燗に合う日本酒だ。これまで外国人向けの品評会では提供しやすい常温や冷酒での飲み方が多く、その飲み方に合う日本酒にスポットライトが当たっていた。例えば「獺祭」はその代表格。フルーティーな香りがする日本酒は冷酒で飲むのがオススメとされている。その理由は日本酒に熱を加えるとアルコールや香り成分など、揮発性の高い成分の蒸発が起こるため、香りの変化は強く表れる。日本酒の温度が高くなればなるほど、蒸発量は増え、香りをより感じることになる。吟醸酒などの香り高い日本酒は、加温が高いと香りが立ち過ぎ、味とのバランスが崩れて飲みにくくなるためだ。これまで国内外で数多く紹介されている淡麗辛口タイプよりも濃醇旨口タイプの日本酒のほうが、温めることでその特長が引き出されるものが多い。日本酒の苦味と渋味は温度が上がることで味の強さは抑えられ、酸味はほとんど変化しない。すなわち、燗をつけることで甘味は際立ち、苦味や渋味の感覚は弱くなり飲みやすくなる。これこそが燗酒の旨さの最大の特長だ。ただ、その繊細さゆえに手間などは熱燗の温度調節。熱燗には温める温度によって呼び名が変わり、テイストも異なる。温度が30度でほんのり日本酒の香りが引き立つ「日向燗」、35度で味に膨らみが感じられる「人肌燗」、40度で徳利が熱くはない程度が目安の「ぬる燗」、45度で注いだ時に湯気が出る程度の「上燗」、50度で日本酒のキレを感じられる「熱燗」、55度でシャープな香りが際立つ「飛び切り燗」が大まかな区分とされている。熱燗にするには湯煎や電子レンジによる温め方が一般的だが、温度計とにらめっこしながら温めるのはなんとも手間。そこで今回紹介したいのは「日本酒は温め過ぎてはいけない」というこれまで常識を覆し、60度以上ながら旨みが損なわれない日本酒の「極熱燗」だ。作り手が意識して極熱のお燗をしてこそ本領を発揮するタイプの日本酒は日本人自体にもあまり知られておらず、外国人にとってはさらに斬新に感じられるだろう。それに見合う日本酒として代表的なのが、奈良県にある久保本家酒造の「睡龍 生酛のどぶ」。目の粗いふるいで越してそのまま手詰めし、瓶燗にて一度火入れした純米のにごり酒で、熱燗好きにとっては至高の逸品として知られている。興味がある方はぜひ試していただきたい。
 日本酒はもともと純米酒のみだったが、戦後の米不足により満足にお酒を造れなくなり、醸造アルコールや化学添加物が加わったお酒が流通するようになった。その悪しき流れが今も続いており、市場の大半を占めているとまで言われている。本当に美味しい日本酒は悪酔いすることなく、相当飲み過ぎない限りは二日酔いもない。また、冷酒からお燗まで消費者の好みに合わせて、さまざまな温度で自由に楽しむことができるのが日本酒の良さだが、日本酒はお米から作られるのでお燗はいわば“温かいご飯のようなもの”。そして、ご飯はおかずと一緒に食べるように、熱燗もさまざまな料理に合わせることで可能性が広がる。冷酒や常温酒ではグラスの表面に油の膜が浮いてしまうような料理でも、極熱燗なら飛ばしてくれるかもしれない。日本のことわざに「酒は燗、肴は刺身、酌は髱(たぼ)」という言葉があり、その意味は「酒はほどよくお燗をして、つまみはお刺身、お酌は若くて美人な女性してもらうこと」で、酒好き男の理想の境地を表しているが、それも今や昔の話。刺身だけが日本酒に合うというわけではない。寿司とワインの組み合わせが今や珍しくなくなったように、熱燗に合う料理はまだまだ未知数。中華やイタリアン、フレンチはもちろん、辛いタイ料理やメキシコ料理、フライドチキンやピザ、フィッシュ&チップスなどのファストフート、お米との相性からカレーと合わせるという発想も生まれるかもしれない。そうした新たな試みや可能性を探るマーケティングは今後需要が高まり、特に訪日外国人各々の豊かな感性は大いに参考になるだろう。寒さがより厳しくなるお正月過ぎは熱燗を愉しむのに最適な時期。このタイミングをインバウンドの好機と捉えることができれば、日本酒から次なるお酒のトレンドが生まれる可能性は大いに考えられるだろう。

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